子供の頃からの付き合い。慎二のこの程度の心内など手に取るようにわかる、というワケか。
だが、それでも子供のように口を閉ざす慎二に向かって、口を開くのは木崎。
「気づいておられるからこそ、お泊めになられたのでしょう?」
「ワケがわからんな」
飽く間でシラを切ろうとするが、それも所詮は時間の無駄。
「それにしては、随分と強引でしたなぁ」
「…………」
「泊まれない理由を問うなど、些か失礼にもございますよ」
「……………」
「お帰しなさるつもりなど、なかったのでございましょう?」
慎二の右の人差し指が、苛立だし気に上下する。
「……… 誰だって気づくだろう?」
「ずいぶんと、お優しいですなぁ」
「嫌味か?」
「嫌味ではございませんが、智論様が知ったら、さぞ驚かれますでしょうなぁ〜」
顎に手を当て、これ見よがしに憐れみの視線を窓へと向ける。
その仕草を憮然と睨みつけながら、ふと慎二は視線を細めた。
「智論は、帰ったのか?」
「えぇ」
ですが、と付け足し
「またお誘いに来るとは、申しておりましたよ」
「しつこいな」
「それがあの方の良いところですから」
そう答えて、ソファーへ身を伸ばす主人へと向き直る。
「別段、断る理由もありますまい」
「行く理由もない。そもそも、霞流の家の者が出なければならないモノでもないはずだ」
「聖美様が、お逢いしたがっているのですよ」
「ふんっ」
ここにはいない人物に向かって、鼻で貶す。
「ならば、自分で来ればよい。なにも智論をよこすコトもないだろうに」
魂胆がみえみえだ。
やはり女とは、浅はかだな。
瞳に軽侮の色が浮かぶのを見て、木崎はふーっと息を吐く。
「聖美様の意図については何も申し上げませんが、智論様には裏もございませんよ。あの方は聡明でまっすぐなお方だ」
「ならば、俺のようなモノになど付き纏うこコトもあるまい。他に似合いの相手はいくらでもいる」
「智論様には、そのような意図もないかとは思いますが」
「どういう意味だ?」
「むしろ、慎二様の方が意識なさり過ぎだと思います。これでは、母親である聖美様がムキになるのも理解できる」
要は、ガキだと言いたいのか?
「もう少し柔軟に対応なさらないと、逆に丸め込まれてしまいますよ」
かもしれないな。
なにせ女とは、浅はかだが強かだ。
木崎の言葉に癪だが納得してしまう自分に腹が立ちつつも、だがどうすれば――――
ふと脳裏に浮かんだ少女。
このアイデアが、何かの役に立つとは思えない。だが、事あるごとに構ってくる母親の、驚嘆する姿をもし見られるとするのならば………
それはそれで、面白いかもしれない。
「何か? 可笑しなことでも?」
思わず笑みを零してしまった慎二を不審げに見つめる。
「いや」
笑む口元を押さえ、しれっとした瞳で見返した。
「そうだな。お前の言う通りかもしれない」
絶句する木崎。
他人の意見にこうも素直に応じる慎二など、もう何年も見ていないような気がする。
「たまには誘いでも、受けてみるか」
「……… 何をお考えですか?」
まったく信用していない態度の木崎に、慎二はひょいっと肩をあげた。
「ずいぶんな言い草だな。せっかくのご意見を聞き入れてみたというのに。そんなに俺は、信用できないか?」
「できませんな」
まったく と強く付け足され、慎二は苦笑するしかなかった。
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